読書

2008年2月20日 (水)

侠客

池波正太郎の「侠客」を読んだ。

池波作品は、有名な「鬼平」や「剣客商売」以外にも、いくつもすばらしい長編小説があるが、「侠客」はなかでも非常に良作な作品の一つだと思う。

歌舞伎で有名な作品を下地に、町奴の塚本長兵衛と旗本奴の水野十郎左衛門の出会いから死までが対照的に描かれる。

途中の、長兵衛が大名行列へ討ち入るシーンは迫力があり、あきさせない。

最後のクライマックスに向かう二人の生き様の描き方は見事としかいいようがない。池波正太郎が理想とする男の生き様を描いた作品といえよう。

2008年2月18日 (月)

居眠り磐音江戸双紙 陽炎ノ辻

居眠り磐音シリーズの第一巻「陽炎ノ辻」を読んだ。

すでに600万部を誇るベストセラーらしい。

登場人物の坂崎磐音は、非常に魅力的なキャラクターだ。

爽やかで、おごったところがなく、女・子供など弱いものには常に深い思いやりで接する。

しかし、いったん剣を抜くと、得意の居眠り剣法で、悪者をばったばったと切り倒す。

主人公の境遇などは、藤沢周平の用心棒日月抄シリーズの青江又八郎を思い出させるが、磐音の方がより爽やかで現代風な主人公に仕上がっている。本の中であえて、磐音の容姿についての描写がないのは、読者の想像力にまかせるためだろう。

登場人物が生き生きと江戸の町を闊歩するのは、池波正太郎の小説を思わせる。作者が綿密に江戸の地図を調べているのだろう。

ストーリーは、後半は、書き下ろしのためか、単純さは否めないが、一気に読ませる面白さがある。

池波正太郎の小説を読みきってしまって時間をもてあまし気味だったが、居眠り磐音シリーズ、第二作目以降を読むのが楽しみだ。

2008年1月29日 (火)

花神

司馬遼太郎の「花神」を読み終えた。

幕末の長州藩から突如現れた軍事の天才、大村益次郎を描いた作品。

西郷隆盛や、高杉晋作の名前は世間でも有名だが、大村益次郎がこれほどの人物だとは知らなかった。

益次郎は司馬遼太郎が主人公として描いた人物の中では、比較的「普通」の人間に近いのだろうが、それでも十分「奇人」であり、「天才的能力」を持った人物だった。

個人的には、益次郎の英雄豪傑の生き方ではなく、徹底した実務家としての生き方に共感を覚えた。彼は今で言えば、非常に理系的な性格であり、彼が現代に生きていれば、大学の理工学部の教授にでもなったのではないだろうか。

司馬遼太郎の小説は、創作の部分もあるのだろうが、史実とうまく混ざり合っているので、どこまでが創作なのか、事実なのか、わからなくなる。本作品の中で言えば、益次郎とシーボルト・イネの恋愛の部分などは両人しか知りえない描写が多く、創作による部分が多いのであろう。しかし、このイネとの恋のエピソードが小説に華を加えており、全体の面白さを膨らませたように思う。

上野の彰義隊との戦いをクライマックスにし、その後の戊辰戦争の描写が物足りないのが残念だった。当時、連載の紙面の都合でもあったのだろうか。

過去、NNKの大河ドラマにもなっているらしいので、今度DVDで見てみようと思っている。

2008年1月 6日 (日)

北方三国志

つい最近まで北方謙三の作品を読んだことはなく、自分の中では落合信彦とダブってしまうほどイメージがなかった。

先日、マンハッタンのBOOK OFFで立ち読みをしている際、何気なく北方謙三の三国志を手にとった。三国志。。。中学時代に横山光輝の漫画を夢中になって読んだ。その後、光栄の三国志ゲームにもはまり、大学生の夏休みは暇にまかせて20時間ぐらいぶっ通しでテレビ画面に向かったものだ。

そういうわけで特に北方謙三というより三国志を久しぶりに読み返してみようと思い、とりあえず最初の6冊ほど購入した。

最初の5巻目あたりまでは、よく知っている筋書きを読んでいるようで特に感慨はなかったが、6冊目で劉備が諸葛亮孔明を三顧の礼で迎えるシーンでは、劉備の天下を救いたいという熱い「志」に、読みながら、思わず男泣き!してしまった。

30歳も過ぎ、家族も出来ると、日々の暮らしにかまけ、あまり「生き方」とか「人生」とかいったものに頭を使わなくなってくるが、久々に爽快な気持ちになれた。自分も20代の頃には確かに持っていたはずの「志」をすっかり忘れてきているように思う。胸の中にしまいこまれ、埃をかぶっている「志」をもう一度引っ張りだしてこようと思った。

北方謙三は男の生き様を描くのがうまい、とどこかで読んだが、まさしくその通りだった。まだ三国志も途中だし、代表作の水滸伝も、読むのが今から楽しみである。

2008年1月 5日 (土)

読書三昧

子供の頃は、本を読むのが好きだった。同じ本を何度も読んだり、全集を揃えて、本棚の前で悦に入っていた。

社会人になってからは、日々の忙しさにかまけ、本もあまり読まなくなっており、たまに英語の勉強を兼ねて洋書の小説を読む程度だった。

ところが、アメリカに来てからは、普段仕事で英語ばかり見ているせいか、無償に日本語の活字が読みたくなってきた。ニューヨークには、紀伊国屋やBOOK OFFなど日本の本を仕入れるのには事欠かない環境が揃っている。

そんな訳で、ニューヨークにきてからは月平均5-6冊は本を読むようになった。

良く読んでいるのは、池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平、といったいわゆる「時代小説」「歴史小説」のたぐいである。

池波正太郎など、若い頃は、おっさんぽいなあ、と思って意図的に敬遠していたが、30歳も過ぎると、これが自分の中にピタリとはまるようになってきた。

若い頃は、小説を読んだ後、自分も坂本竜馬や高杉晋作みたいに時代を変えてやる!、と気持ちを高揚させたものだが、最近は、悲しいかな、自分の限界も見えてきたせいか、名もない武士や町人の話に共感するようになってきた。

通勤電車の中、ハドソン川を横目に、時代小説を読みながら、江戸時代にタイムトリップするのもなかなか楽しい。